セックスレス問題が再勃発してから、我が家ではしばらく重い空気がながれていました。

拒否され始めてから、もうまる4年。

つまりは結婚ししてからずっと拒否されているということ。

それは、お金なんかじゃない、心(女)をむしり取る“結婚詐欺”と同じことでした・・・

 

レスされる妻の思い

私にとってセックスレスの問題がどれほど根が深く辛いものだったか、今回の『背中大きいね』騒動で、改めてこの問題に対する闇の深さを知ることになりました。

 

『背中大きいね』騒動はこちらからどうぞ

 

夫からの「大きくなった」の言葉が火種となって、今までパンドラの箱に閉じ込めていた思いがどっと溢れ出してしまったのです。

そう、私はこの問題にもう一度直面するのが怖くて、ただ見ないよう触れないようにしてきただけでした。

 

正直に話すと、私が35年の人生でセックスがしたいと思ったのはただ一人だけ。(※感情抜きの行為そのものを示しています)

それは、1歳年上のチャラチャラした人でしたが、彼との行為は本当に良いものでした。

 

つまり夫とのセックスは決して満足いくものではなかった、ということ。

夫婦にまだセックスがあった頃の私は、「ただ一緒にいられればいい」そう思っていました。

じゃあ、なぜ夫とのセックスレスが問題なのか。

妻にとってセックスレスが問題なわけ

それは愛しているからです。

愛している人に愛を求められること、それが私の喜びであり、幸せだったから。

 

でも愛する人から必要ないとを受けてしまった私は、生きているけど死んでいるような、そんな感覚に襲われました。

自分がとても無意味な存在に思えました。

 

ただの欲求不満の場合は、自分やら他で処理すれば良いだけの話。

しかし、愛する人から必要とされたい=愛されたいと思っている場合、それに代わるような代用品はないのです。

それは、自分なんて必要ない、愛されていない、その思いを抱えながら、逃げ道のない闇をずっとさまよい続けるようなものでした。

女性が本当に求めていることとは?

新婚当初、セックスレスで喧嘩をするたび夫はこう言いました。

夫「セックスだけが愛してるってことにはならない。」「セックスしなくたって本当に愛しているんだよ。」

 

夫の言っていることは正しい。

ただ、そんなことは百も承知でした。

 

子供を産まれてすぐ、ただ泣くだけの赤ちゃんを見て夫は「早く会話ができるようにならないかな、つまんないよ」と言いました。

一方私は、まだ何もできない、話せない、母親がいないと生きていくこともできない我が子を見て、とてつもない幸せを感じた。愛おしくてたまらなかったのです。

全身で必要とされていることに、生きる喜びを感じたのでした。

 

女性には(少なからず私)には、求めらえれているという事実がとても重要です。

必要とされていることが頑張る意欲であり、生きる活力になっています。

セックスを求められることが、私の中の「女」を自覚させるものであり、私の中の「女」を輝かせたのだったのです。

 

レスする夫の思い

この『背中大きいね』騒動から夫は何かにつけて、自分がこのレス問題を気にしていることを私にアピールしてきました。

「きれいだね」「女だと思ってるよ」「チューしたいな」

それらは、とてもわざとらしく私を惨めにさせるものでしかありませんでした。

言わせた、言ってもらっている、そんな気持ちになってしまったのです。

レスの代用品=プレゼント

そんな夫がこの騒動後、プレセントを買ってきてくれました。

4℃の袋の中に入っていたもの、それはピアスでした。

なぜこんなものを買ってきたのか、、、

夫いわく、「これまで子供が小さくてネックレスやらピアスやらのアクセサリーを身に着けられなかったから、母親から女性に戻る」、そんな意味が込められている贈り物でした。

 

夫なりに考えてくれたのでしょう。

レス期間、1~2カ月ならばこれで通用したかもしれない。

でも、結婚してから4年もの間拒絶されてきた私の心は、もはやこんなことで突き動かされはしなかったのです。

夫にとってセックスレスは大したことではない

夫は言います。

「この問題をいつか解決できたらいいな」と。

私は思います。

「いつかって、一体いつ?」

「いいなって、解決できなかったとしても仕方ないってこと?」

“いつか”の意味

こうやって夫がのらりくらりとセックスレス問題を解決しようとしている間にも、私は確実に何かを失っていました。

私は女である喜びを失い、もう子供が授かれるかもわからず、心にはナイフが突き刺さり日々深い傷となっていました。

毎晩飛んでくる鋭いナイフは、4年もの間で計1460本にもなり、今では心を麻痺させました。

“いいな”の意味

夫にとってセックスレスの問題はいつまで立っても所詮他人事なのです。

夫にとって妻は、毎日いるすでに手に入ってしまったもの。

新製品でもない私は、興奮や刺激の対象ではなく、どうしても手に入れたい、そんな気持ちにさせることはできなかったのです。

今の平穏な生活を侵してまで、この問題でまたもめたくない、夫のそんな心の表れでした。

 

それでも私は言ってほしかった。

「セックスレスの問題を何とかしたいんだ!もう一度一緒にがんばってほしい!」と。

誰に言わされているのでもなく、やらされているのでもなく、夫が自分の意思でこの問題に必死で向き合っている姿が見たかったのです。

そう本当にただそれだけ。

 

夫と私とでは、この問題に対するが明らかに違っていました。

セックスがなくても何食わぬ顔で毎日を平気で過ごす夫に、私は苛立ち、また固く心を閉じてしまいました。

 

私はセックスレス。

いまだに解決できていません。

でもこの経験をただ辛い出来事で終わらせないよう、セックスレスを少しでも意味のあるものにするために、レスの記録を書き留めていこうと思います。